HOWTO·読了 5分

グループ横断のクロスセル事例|公開情報から学べる5社の打ち手

日立×GlobalLogic・NTT・ミライトワン・DellとEMCなど5社の事例を公開情報から分析。グループ横断クロスセルを実現した打ち手を3点ずつ整理し、自社への応用指針を示します。

#クロスセル#グループ横断#M&A#PMI#事例

この記事でわかること

  1. 5社の打ち手が一覧できる: 日立・NTT・ミライトワン・Dell+EMC・金融グループの事例を公開情報から分析し、各社3点の打ち手を整理しています。
  2. 共通する3つの構造がわかる: 5社に共通する「顧客関係の棚卸し→インセンティブ先行設計→入口担当者の定義」という順序の重要性を解説します。
  3. 自社への応用指針が得られる: 規模や業種にかかわらず応用できるポイントを各事例の末尾で補足しています。

基本情報

項目内容
対象M&A後または中期経営計画の策定局面にある経営企画部長・PMI推進担当
難易度中級
関連クラスターC3:グループ横断・HD型のクロスセル
読了目安5分

グループ横断クロスセル5社事例 俯瞰マップグループ横断クロスセル5社事例 俯瞰マップ


なぜ公開情報からグループ横断クロスセルの打ち手を学べるのか

グループ横断のクロスセルは多くの企業が目標に掲げながら、McKinseyの調査("Capturing cross-selling synergies in M&A" 2020年2月)では、クロスセル目標を達成できた組織が20%未満にとどまっています。成功率が低いだけに、うまくいった事例の情報は特に価値があります。

公開情報——IR資料・ニュースリリース・統合報告書・経済紙の報道——には、クロスセルの実行体制や組織変更・インセンティブ方針に関する記述が含まれています。完全な内部事情は書かれていませんが、「何を先に手がけたか」「どう顧客基盤を整理したか」という実行の痕跡は、数十行の記述から読み取ることができます。

本記事では、こうした公開情報をもとにグループ横断クロスセルを前進させた5社の事例を分析します。グループ横断クロスセルとは何かという基礎については別記事で解説していますので、定義から確認したい方はあわせてご参照ください。

本記事で分析する5社と選定基準

公開情報から打ち手を読み取れること、かつグループ横断クロスセルに直接関わる組織設計や顧客管理の変化が確認できることを選定基準としています。

#企業買収・統合の概要クロスセルの核心
1日立製作所 + GlobalLogic約1兆円買収(2021年)OTとデジタルエンジニアリングの双方向提案
2NTTグループNTTデータTOB・非公開化顧客階層化によるワンストップ提案体制
3ミライトワン + 国際航業ボルトオン買収(2023年)通信建設+土木+空間情報の三位一体
4Dell + EMC約7兆円買収(2016年、海外参考事例)営業組織統合なし・クロスセル先行モデル
5金融グループの事例銀行・証券・保険のワンストップ化顧客担当者が専門家を「連れてくる」紹介型営業

事例1——日立製作所とGlobalLogic:双方向クロスセルで1兆円買収の元を取る

日立製作所は2021年、デジタルエンジニアリング企業のGlobalLogicを約1兆円で買収しました。東洋経済「日立の1兆円買収『元は取れた』と言える3つの根拠」では、デジタル担当役員が同社のLumada事業(2024年度約2.3兆円規模)の拡大を背景に「元は取れた」と明言しています。この結果の背景には、3つの打ち手がありました。

打ち手1:OTとデジタルエンジニアリングの「双方向提案」体制を構築した

日立は製造業向けのOT(制御・運用技術)領域で長年の顧客基盤を持ち、GlobalLogicはソフトウェアエンジニアリングと製品開発の欧米顧客基盤を持っていました。買収後に双方の顧客基盤を整理し、「日立の顧客にはGlobalLogicのデジタル開発力を」「GlobalLogicの顧客には日立のOTソリューションを」という双方向の提案設計を整えました。どちらか一方からだけでなく、両方向からクロスセルできる体制が、シナジーの規模を大きくした要因です。

打ち手2:Lumadaブランドで製品ラインを統一し、営業の説明コストを下げた

日立は「Lumada」という統一ブランドのもとに、製造・インフラ・ヘルスケアなど複数領域のデジタルソリューションをまとめています。統一ブランドによって、営業担当者は「Lumadaで何ができるか」という一貫したストーリーで提案できるようになりました。グループ横断の製品・サービスを別々に説明していた段階から、統合されたバリュープロポジションとして説明できる段階への移行は、営業の心理的コストを下げる重要なステップです。

打ち手3:顧客基盤を交互に活用——欧米テック企業にはOT、製造業顧客にはデジタルを

GlobalLogicの顧客の多くは欧米のテクノロジー企業や通信会社です。これらの顧客に対して日立のOT・インフラ領域の技術を提案する経路が生まれ、反対方向では日立の製造業顧客にGlobalLogicのソフトウェア開発力を提案する経路が生まれました。グループ内に分散していた顧客構造を可視化し、相互に提案できる商材を特定したことが出発点です。

応用の視点: 買収規模が約1兆円の事例ですが、核心にあるのは「それぞれの顧客基盤の未接触領域を整理し、相互に提案できる商材を特定した」点です。この顧客基盤の横断的な整理は、中規模グループでも着手できる最初の一手になります。


事例2——NTTグループ:親子上場解消と顧客階層化でワンストップを実現

NTTグループは、NTTデータへのTOBと非公開化を含むグループ再編を進めてきました。日本経済新聞「親子上場の解消進む 36年ぶり低水準」が示すように、親子上場社数は2006年のピーク417社から2025年9月末には168社(ピーク比約60%減)まで減少しています。NTTのグループ再編はこの流れの代表的な事例であり、ワンストップ提案体制の構築に3つの打ち手が機能しました。

打ち手1:親子上場を解消し、グループ内の利益相反構造そのものを取り除いた

親子上場の状態では、親会社と子会社の少数株主の利益が対立する構造が生じやすく、グループ横断での協調行動に制約が生まれます。NTTはNTTデータを非公開化することで、グループ内の利益相反構造を解消し、顧客へのワンストップ提案をグループとして推進できる体制の土台を作りました。組織設計の変更よりも先に「利益相反の除去」に手をつけたことが、その後の動きを速めた要因と考えられます。

打ち手2:顧客をCore・Next・3,000社・SMBの4層に階層化し、営業資源を集中させた

グループ再編後に重要になるのが、どの顧客に優先的にワンストップ提案を行うかの設計です。グループ全体の顧客基盤を一律に扱うのではなく、関与度・売上・成長余地などの基準でCore(最重要層)・Next・一般・SMBの4層に分類することで、営業資源を集中させる設計が可能になります。あるグループ企業の統合責任者は、顧客の階層化を最初に着手したことがシナジー実現の起点になったと振り返っています。

打ち手3:「担当者が専門家を連れてくる」紹介体制を整備した

ワンストップ提案の現場での実装は、担当営業が別領域の専門家を同行させる紹介型営業の形が多くとられています。NTTグループにおいても、顧客担当者が別子会社の専門チームを案内役として紹介する体制を整備することで、顧客からすると「NTTの誰かに相談すればグループ全体のソリューションにアクセスできる」という状態を実現しました。グループ横断の統合報告書でのクロスセルの語り方もあわせてご参照ください。

応用の視点: 親子上場の解消は規模を問わず検討できる選択肢ではありませんが、「顧客の階層化」と「紹介体制の設計」は規模にかかわらず応用できます。まずグループ全体で複数の子会社と取引している顧客を抽出することが、顧客階層化の第一歩です。


事例3——ミライトワンと国際航業:三位一体モデルによるボルトオンクロスセル

ミライトワンは2022年に西武建設を子会社化し、2023年に国際航業を買収しました。これにより「通信建設」「土木建設」「空間情報コンサルティング」という三位一体の体制を構築しています。大型買収ではなく、既存事業の強みを補完するボルトオン型買収を繰り返してクロスセルの素材を積み上げている点が特徴的です。

打ち手1:通信建設・土木・空間情報の組み合わせを「一社でフルカバー」と顧客に見せた

通信キャリアや自治体向けの工事・インフラ整備を手がけてきたミライトワンにとって、国際航業が持つ測量・空間情報コンサルの技術は、既存顧客への新しい提案素材になりました。「工事の前後で必要になる測量・設計・コンサルを同じ会社に頼める」というワンストップの提案が、既存顧客への新しい価値提供として機能しています。

打ち手2:国際航業のコンサル力を既存顧客(通信キャリア・自治体)への扉口として活用した

国際航業はコンサルティング・企画調査の力を持ちながら、ミライトワンの主要顧客である通信キャリアや自治体との接点を持っていました。この既存接点を活かし、国際航業の案件を通じてミライトワン本体の工事・建設サービスへのクロスセルを行う経路が生まれています。ホワイトスペース(まだ取引がない商材×顧客の組み合わせ)を埋めていく設計が、ボルトオン型クロスセルの核心です。

打ち手3:買収対象の「強み」を既存顧客基盤への追加提案素材として設計から位置づけた

ボルトオン買収を成功させた企業に共通するのは、買収を「何を買ったか」ではなく「何を既存顧客に追加提案できるようになるか」という視点で設計している点です。ミライトワンの場合、国際航業買収の戦略的意図として「既存顧客への新機能の追加」という観点が最初から明確にありました。

応用の視点: ボルトオン型の場合、既に持っている顧客基盤に「新しい機能・専門性」を追加する形が中心です。買収完了後まず行うべきは、買収対象の強みを既存顧客のどの課題に当てはめられるかの整理です。


事例4——DellとEMC(海外参考事例):営業統合なしでクロスセルを先行させた

Dellは2016年に約7兆円(当時)でEMCを買収しました。この買収は規模だけでなく、クロスセルの実行方針においても注目されています。Dell TechnologiesのIRリリース(2017年以降)では、買収初年度から数十億ドル規模の売上シナジーを実現したことが報告されています。なお本事例は海外の文脈であり、評価制度や組織文化の点で国内への直接移植には差異がある点に留意してください。

打ち手1:買収初年度から「統合完了を待たず」クロスセルを開始した

多くの企業が「組織統合が終わってから」「システムが一本化されてから」クロスセルを始めようとする中、Dellは統合プロセスと並行して即座にクロスセルを開始しました。DellのサーバーをEMCのストレージ顧客に、EMCのストレージをDellのサーバー顧客に提案する活動が、統合の初期段階から動き始めました。

打ち手2:両社の営業組織を分離したまま、紹介インセンティブで横断行動を誘発した

Dellは一気に営業組織を統合するのではなく、既存の組織構造を維持したまま「他社製品を顧客に紹介した場合に紹介者にも報酬が入る」仕組みを設計しました。組織図の変更なしに、インセンティブだけで横断的な紹介行動を誘発した点は、大規模な組織変革なしにクロスセルを開始できることを示しています。

打ち手3:クロスセル先行によって統合コストの見返りを早期に示し、組織の統合意欲を維持した

大型買収後の組織統合は長期にわたり、現場の疲弊や統合意欲の低下が起きやすい時期が続きます。早期にクロスセル実績を作り出すことは、「統合に意味があった」というメッセージを組織内外に示す効果があります。統合プロセスを持続させるための「見える成果」としてクロスセルを機能させた点も、Dellモデルの重要な要素です。

応用の視点: 国内への移植では評価制度・稟議プロセス・組織文化の違いがあり、Dellほどの速度は見込みにくいですが、「インセンティブを先行させる」という順序の原則は応用できます。組織図を変えるよりも、評価の定性欄に「グループ横断の紹介実績」を1行加えることから始める方が現実的です。


事例5——金融グループの事例:顧客担当者が専門家を「連れてくる」紹介型営業

国内の金融グループでは、銀行・証券・保険・信託などの機能を持つ複数の子会社を横断してワンストップ提案を行う取り組みが進んでいます。各金融グループの統合報告書や、金融庁が公表する調査資料には、グループ横断提案の実態が記述されています。McKinseyの分析("Capturing cross-selling synergies in M&A" 2020年)によれば、強い顧客関係がある場合は合併後1年以内に80%のクロスセル率達成が可能であり、関係がない場合はさらに18カ月追加で必要とされています。金融グループが持つ長年の顧客接点はこの条件を満たしており、クロスセルへの転換が比較的起きやすい環境です。

打ち手1:銀行・証券・保険の担当者が別子会社の専門家を同行する「同行訪問」モデルを整備した

顧客の経営課題に幅広く対応するために、担当者が単独で訪問するのではなく、別子会社の専門家を連れて訪問する形(同行訪問)を体制として整えました。顧客からすると「担当者に連絡すれば、必要な専門家が来てくれる」という体験が、グループとしての信頼を積み上げます。

打ち手2:紹介した担当者への評価反映(紹介実績の可視化と表彰)で行動を継続させた

同行訪問や他子会社への紹介を行った担当者の実績を可視化し、評価に反映する仕組みを作ることで、「紹介しても自分の評価につながらない」という状態を解消しました。McKinseyの調査では約75%のM&A幹部がインセンティブをクロスセル成功に「重要または極めて重要」と評価しており、この評価設計が行動継続の鍵になっています。

打ち手3:顧客の「入口担当者」をグループ横断の案内役として位置づけ、専門性の縦割りを横断設計に転換した

金融グループのクロスセルが機能している背景には、各担当者が「自分は顧客のグループ全体の担当者である」という意識と役割定義が浸透している点があります。銀行の担当者が「銀行商品の担当者」ではなく「顧客のグループ全体の金融ニーズを把握する案内役」として位置づけられることで、証券や保険へのつなぎが自然な職務になります。

応用の視点: この「入口担当者×専門家同行」モデルは、金融に限らず複数の専門性を持つグループに応用できます。最初の一歩は、現在の顧客担当者を「自社のみの担当者」ではなく「グループ全体の窓口」として再定義することです。


5事例から抽出できる3つの共通構造

5社の事例を並べると、規模・業種・国内外を問わず、グループ横断クロスセルを前進させた企業に共通する3つの行動構造が浮かび上がります。

グループ横断クロスセル 打ち手3ステップ フロー図グループ横断クロスセル 打ち手3ステップ フロー図

共通点1——「顧客関係の棚卸し」を最初の一手にしている

いずれの事例も、まずグループ内に分散した顧客構造を可視化するところから始めています。日立は欧米テック顧客と製造業顧客の双方向の整理から始め、NTTは4層の顧客階層化を先行させ、ミライトワンは既存顧客のホワイトスペースを整理し、Dellは双方の顧客リストを相互開放し、金融グループは担当顧客の横断整理を行っています。既にある関係資産から確実に売上機会を引き出すためには、まずその関係資産を整理することが出発点です。

共通点2——インセンティブ設計を組織変更に先行させている

5社いずれも、営業組織の大規模な統合が完了する前にインセンティブ設計を動かしています。組織変更は承認プロセスが長く、実行まで半年から1年を要することが少なくありません。その間、現場の担当者に「紹介しても評価につながらない」という状態が続けば、クロスセルの機会は取りこぼされ続けます。インセンティブ設計はMBOの定性評価欄への1行追加や表彰制度の活用といった形で、事業部門長の裁量範囲で数週間以内に実装できるものです。ダブルカウント制度の設計と実装については別記事で詳しく解説しています。

共通点3——クロスセルの「入口担当者」を明確に定めている

顧客が最初に相談する「入口」を誰にするかが、グループ横断クロスセルの実行可否を左右します。日立ではLumadaブランドを軸に窓口を統一し、NTTでは顧客階層ごとに担当を設定し、ミライトワンではミライトワン本体の営業が窓口となり、Dell+EMCでは両社営業が相互に紹介先になり、金融グループでは既存担当者を案内役として位置づけています。

5社×3共通構造の比較

5社 クロスセル打ち手 比較表5社 クロスセル打ち手 比較表

企業顧客関係の棚卸しインセンティブ設計入口担当者の定義
日立顧客基盤の双方向整理双方向クロスセル体制Lumadaブランドで統一
NTT4層顧客階層化ワンストップ提案評価顧客層ごとに担当設定
ミライトワン既存顧客への新機能提案コンサル人材の評価反映ミライトワン営業が窓口
Dell+EMC顧客リストの相互開放紹介インセンティブ先行両社営業が相互紹介
金融グループ担当顧客の横断整理紹介実績の可視化・表彰既存担当者が案内役

よくある質問(FAQ)

Q1. グループ横断クロスセルの成功事例は国内に多くありますか?

公開情報として確認できる事例は限られていますが、日立製作所によるGlobalLogic買収後のLumada事業拡大やNTTグループによる顧客階層化、ミライトワンによる国際航業の統合活用など、大手企業を中心に実績が見え始めています。McKinseyの調査(2020年)では、クロスセル目標を達成できた組織は20%未満とされており、成功事例は依然として少数ですが、2025年以降の東証改革や親子上場解消の加速を背景に取り組みが増えています。

Q2. 日立とGlobalLogicの事例から中規模グループでも応用できる点はありますか?

「双方向の提案設計(A社の顧客にB社を、B社の顧客にA社を)」という考え方は規模を問わず応用できます。日立の場合は買収規模が約1兆円ですが、核心にあるのは「それぞれの顧客基盤の未接触領域を整理し、相互に提案できる商材を特定した」点にあります。この顧客基盤の横断的な整理と商材の補完性の確認は、中規模グループでも着手できる最初の一手です。

Q3. 「営業統合なし・クロスセル先行」のDellモデルを国内企業で実行できますか?

海外と国内では評価制度や組織文化の違いがあるため、そのまま適用するのは難しい部分もあります。ただし「統合完了を待たずに紹介インセンティブから始める」という発想は国内でも有効です。組織図を変えるよりもMBOの定性評価欄に「グループ横断の紹介実績」を1行加えるだけでも行動は変わり始めます。国内への移植ではDellほどの速度は見込みにくいですが、インセンティブ先行という順序の原則は応用できます。

Q4. 顧客の階層化(ティアリング)はどこから始めればよいですか?

まず「グループ全体で複数の子会社と取引している顧客」を抽出することが出発点になります。この重複顧客リストを作成するだけで、クロスセル余地の大きいCore候補が可視化されます。NTTグループが「Core 60社→Next 100社→3,000社→SMB」という4層設計で始めたように、最初はCore候補を10〜20社に絞り込み、集中的にアプローチする設計が現実的です。詳細な方法についてはHD型企業のグループ経営計画にクロスセルを組み込む方法で解説しています。

Q5. クロスセルのインセンティブ設計はなぜ組織変更より先に手がけるべきですか?

組織変更は承認プロセスが長く、実行まで半年から1年を要することが少なくありません。その間、現場の営業担当者は「紹介しても自分の評価につながらない」という状態が続き、行動が生まれません。一方、MBOの定性評価欄への1行追加や表彰制度の活用は事業部門長の裁量範囲で数週間以内に実装できます。McKinseyの調査では約75%のM&A幹部がインセンティブをクロスセル成功に「重要または極めて重要」と評価しており、先行着手の有効性が裏付けられています。詳細についてはダブルカウント制度とはで解説しています。

Q6. 公開情報だけでグループ横断クロスセルの打ち手を学べますか?

IR資料・ニュースリリース・統合報告書・経済紙の報道には、クロスセルの実行体制や組織変更・インセンティブ方針に関する記述が含まれています。本記事で取り上げた5社も、すべて公開情報をもとに打ち手を分析しています。ただし、社内での具体的なKPI設計や商談ブリーフの作り方など、個社の運用レベルの詳細は公開されていないため、同業他社へのヒアリングや専門支援の活用が補完として有効です。クロスセルのKPI設計については別記事もご参照ください。

Q7. ミライトワンのような「ボルトオン買収」型と大型買収型では何が違いますか?

大型買収(日立×GlobalLogicやDell×EMC)は買収後の顧客基盤が大幅に拡大するため、「どの顧客に何を提案するか」の整理が先決になります。一方ボルトオン型(ミライトワン×国際航業)は買収規模が小さい分、既存顧客基盤に追加できる「新しい機能や専門性」を軸にした提案設計が中心になります。どちらも「既にある顧客関係を出発点にする」という原則は共通ですが、ボルトオン型は買収対象の強みを既存顧客に説明できる状態に整えることが最初の一手になります。


まとめ——公開情報の事例が示す「順序」の重要性

5社に共通しているのは、組織の統合が完全に終わる前にクロスセルを始めていることと、顧客関係の整理とインセンティブ設計を先行させていることです。「まず組織を整えてから」「まずシステムを統合してから」という順序ではなく、既にある顧客関係と既にある組織構造を活かしながら、インセンティブだけで横断行動を誘発するアプローチが共通して見られます。

取りこぼしている売上機会は、遠い将来のことではなく、現在すでにグループに分散した顧客データの中にあります。公開情報から学べることは、その整理をいつ・どの順序で始めるかという実行の設計です。

主要ポイント

  1. 顧客関係の棚卸しを先行させる: グループ全体で複数の子会社と取引している顧客を最初に抽出し、クロスセルの優先候補を明確にする。
  2. インセンティブを組織変更より先に設計する: 評価の定性欄への追加や表彰制度など、短期間で実装できる仕組みから着手する。
  3. 入口担当者を定義する: 顧客が最初に相談する担当者を「グループ全体の窓口」として位置づけ、専門家への橋渡し役とする。

クロスセル成功 共通構造 3要素 図解クロスセル成功 共通構造 3要素 図解

次のステップ

  • 自社グループで複数の子会社と取引している顧客を抽出し、Core候補を20社以内で特定する。
  • 現在の評価制度でグループ横断の紹介実績が反映されているかを確認し、反映されていなければ追加を検討する。
  • 顧客の入口担当者を誰にするかを子会社間で合意し、同行訪問のルールを整備する。

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参考リソース

更新日:2026-07-07著者:真鍋 駿